大学院留学を思い立った当時、アメリカのどこかの大学(たぶんYale?)の教授の方が、これに似たようなブログで事細かく入学審査基準について語っていて、右も左もわからなかった私にとっては非常に貴重な情報源でした。ただ、見つけた数か月後になぜかそのブログは突然閉鎖されてしまい、書かれていた内容を記憶の限り文字に起こしたことを今でも鮮明に覚えています。
そもそもこのブログを始めたのも、Caltechの博士課程に出願した際、根拠のない情報に振り回され、価値のある情報を手に入れるためだけに莫大な時間を費やさざるを得なかったことがきっかけです。簡単に日本語でアクセスできる正しい情報を増やして、知らないというだけの理由で理不尽に不利益を被る人を減らそう、ついでに受けた恩をPay Forwardしようって気持ちでした。
当時出会ったYahoo知恵袋珍回答集(出典:Yahoo知恵袋)
この記事は、10年越しに、当時の私が喉から出るほど欲しかった、審査側の視点で書かれた情報をついにネット上に復活させようという試みです。
今では多くの人が情報を発信していて、事実に近い情報も比較的簡単に手に入るようになっている気はします。とはいえ偶然ここにたどり着いた誰かの初めの一歩になれば!2023年と2024年、大学院(UIUC-Aerospace)の入学審査委員として合否決定に携わった経験を基に、ためになりそうなことをリストします。
はじめに
審査に携わった2回だけを見ても、出願者のレベルは年々上がっているように感じます。ロケット・小型衛星・UAV・ロボットを当たり前のように研究レベルで使っていて、航空宇宙技術の社会全体としてのリテラシーが格段に向上している印象です。あれ論文書くのって簡単なんだっけって思ったりもしました。
2024年ではさらに、ChatGPTの台頭により志望動機書のクオリティーが段違いに上がり、英語がネイティブレベルかそうじゃないか・文章力が高いか低いかを判断するのが非常に難しくなりました。
ただ、時間をかけて向き合ってみると、派手な結果も実は指数的に発展している技術を使いこなしているだけだったり、本質的な実績があってももったいない感じで小さく纏まってしまっていたり、今も昔も変わらない部分もあるようです。
具体的に色々話す前に一応注意事項です。
- 主観が入らないようには心掛けますが、結局は個人の見解で、UIUC-AerospaceとCaltech-Aerospaceでの私の経験にのみ基づきます。
- これから話すことは、知っていたらアメリカ大学院入試のシステム上得するよっていうコツみたいなものです。私自身、当時この辺の事情を知らないまま、宇宙大好きですの一本槍で何とかなったので、全部が必須ではないです。
- あくまでもコツなので、もちろん本質的に重要なのは専門分野で自分のユニークな強みを築くことにあります。
- これより少しフォーマルですが、船井奨学金の報告書や海外日本人研究者ネットワークの記事でも同じ内容について話しているので、参考にしてみてください。
全体を通して意識するポイント
大学院の入学審査委員会(Admission Committee)は、学部の各分野数名ずつのAssistant Professor以上の教授で構成されます。出願者数は驚くほど多く、必然的に各審査員が担当する書類の数も相当なものになります。それに加え、よく知られている通り、アメリカの大学教授は通常運転でも不思議と山のように仕事を抱えています。さらに大学内部の締め切り等の諸事情により、出願者の想像よりもかなり限られた時間の中で、審査員がそれら1つ1つに目を通すというスタイルなので、
どんな順序で出願書類を読んでも間違いなくパンチラインが記憶に残る
ことはこの仕組み上ほとんど必須です。アメリカの優秀な学生はもれなくこれに長けているため、そのスタイルに慣れている審査員だと、全体のトーンが一定で抑揚のない文章は埋もれがちです。日本語の出願書類を英訳した感じの文章はどうしても遠回しな表現になってしまう傾向にあるようなので、全ての書類をちょっと誇張するぐらいの感覚で書くとちょうどアメリカっぽい仕上がりになるはずです。最近の傾向として、Holistic Reviewという多角的な審査方法を取り入れている大学も多く、常に優秀な学生を取りこぼさないよう細心の注意を払ってはいるんですが!
また、基本的に出願者の分野に近い教授がその書類の審査を担当するので、
(特に学部生の場合)思っている数倍ぐらい専門的にパンチラインを表現する
ことが結構大事です。専門外の人にもわかるよう噛み砕きすぎて、結局何が新しくて何が強みなのか伝わってこない文章はアメリカの学生ですらよく見ます。推薦状で補足されていない場合、相当数値的に明らかな実績がない限りそこから合格するのは至難の業です。学部・修士のレベルで専門的に書きすぎたと思っても、多くの場合教授たちにとってはそれでも物足りないぐらいなので、専門用語をふんだんに使って、詳細に、厳密に書くことを恐れる必要は全くありません。
もう一つ、満遍なくどこの国の学生も忘れているのが、
自分が入学することの大学にとっての具体的なメリットを提示する
ことです。個人的には、ここにもパンチラインがあるかがトップの学生かどうかのわかりやすい指標になっています。例えば、世界の誰もがまだ取り組んでいない研究課題を定義して、自分を入学させたらその問題が実は簡単に解けて科学の革新につながるよって主張するとか。意義のある問題定義をすることは研究のプロセスに於いて最も重要なフェーズで、ここでは学生であろうと教授であろうとアイディア一本勝負です。どれだけ知識をつけようと、主体的にアイディアを生み出す能力は自然に向上するものではありません。だからこそ、特にポテンシャル評価の比重が大きい学部生の場合、たとえ形としての成果がまだなくともここで攻めましょう。自分の強みに基づいた、具体的かつ野心的なビジョンを掲げることで、教授陣と肩を並べて、大学のさらなる発展に寄与できる人材であると示し、審査員の心を掴むことができます。そのビジョン実現のための勉強、研究は入学後いくらでもできるので、この能力には、闇雲にたくさん論文を出すことよりも遥かに価値があります。
これ以降は書類ごとの細かいポイントについて話します。
CV(履歴書)
よくあるのが、学歴、職歴、研究経験、留学歴、とかをすべて同じフォーマットで淡々とリストして、あるいはいろいろな箇所を雑多に強調して、それぞれについて1-2パラグラフずつぐらい長い説明があって、全体で2-4ページみたいな。自分のウェブサイトとかに乗せるCVはこんな感じでも良いと思うんですが、大学院入試用のCVは、審査員に一瞬で自分の強みを伝え、興味を持たせることに特化すべきです。正直、アピールしたい強みは簡潔にしたら必ず1枚以内に収まるはずなので、3秒あればそれが嫌でも目に入るようなデザインにしといた方がいいのかなって思います。
方法は人それぞれですが、簡単なのは、奨学金、賞、論文、ユニークな研究経験・課外活動等の中から、パンチラインになる強みトップ3を決めて、それらを簡潔にまとめた何個かの文だけを太字にして下線を引いておくとか。アマゾンでFire TVとかFire TV Stickとかを買うときに、詳細なUser Manualとは別に、とりあえずすぐ使えるように最低限必要な情報だけ書かれてるQuick Start Guideっていうのがついてくると思うんですけど、イメージはまさにあれです。CVも同様に、他の書類を読むときに絶対に見逃してほしくないポイントを手っ取り早く一目でわからせるつもりで書くのがコツです。
Reference Letters(推薦状)
これは出願者が直接コントロールしにくい書類ですが、残念ながら極めて重要な書類なのでピックアップしました。審査員の視点から見ても、Caltech出願時の経験を元に書いた記事(https://usphdlife.com/lor/)はある程度事実に近いので、ここではそこで話したこと以外のトピックを中心にコメントします。
推薦状はアメリカ式の書き方を理解している人にお願いした方が良いという意見をよくネットで見ますが、その通りだろうけど結局アメリカ式の書き方って何なんって思っていました。よく言われる、具体的なエピソードを盛り込むとか、この出願者はトップ何パーセントの学生ですって書くとかの、表面的な要素を真似することはここでいうアメリカ式の書き方ではなくて、その本質はおそらく、評価と言葉選びの一貫性です。
例えば、自分の授業でAを取っただけの学生に、よっぽどの根拠がない限り、
- ~ has my strongest recommendation
という表現は使いにくし、逆に強く推薦したい学生に
- I can confidently say that ~ is improving steadily
という表現は使いにくし、などなど。2文目はアメリカ的には低い評価を下されています。
こんなざっくりした暗黙の共通認識みたいなものがあって、その結果学生の能力と評価の言い回しになぜかある程度一貫性があって、その言い回しから実はほとんど定量的に審査できてしまうというのがアメリカ式の推薦状のからくりです。その共通認識に則っていない推薦状は、どれだけ熱意をもって書かれていても使い方が難しいです。
まあ知らねえよって感じだと思うし、実際私もこれらのルールをすべて言語化できるかと言われると全く自信がないので、ひとまず誰でもできそうな対策を列挙しておきます。
- 大げさな形容詞や副詞を多用せず、とにかく高い学術能力の根拠となる具体的なエピソード・事実を専門的に語ってもらう。
- 具体的なエピソード・事実は、できるだけ、勤勉な学生ですとか成績の良いですとかの学習能力以外に焦点を当ててもらう。
- strongly recommendとかtop X%ととかの強い表現を使うときは、その客観的な根拠も提示されているか常に確認してもらう。
- improvingとかhas a potentialとかの弱い・使い方が難しい表現は、相当の理由がない限り避けてもらう。
私も出願側、投資される側だった時はこのふわっとした仕組みにすごく不満がありましたが、審査側、投資する側からすると、推薦状はほとんど唯一の客観的な評価が得られる書類です。この役割と先ほど述べたからくりを知っておくだけでも、大学院入試に向けて戦略が練りやすいと思うので、逆手にとって何とか頑張ってください!
Statement of Purpose(志望動機)
別にスタイルとして個人的には好きなんですが、Statement of Purpose(SoP)で主流なのは、いわゆる自叙伝のようなストーリー仕立てのものです。私が日本の仕事関連で志望動機を書いた経験は、インターンを除くと銀だこバイトのみなので根拠に乏しいものの、日本の就活向けの志望動機はこの書き方が正解な気がします。
幼少期の頃スペースシャトルを見て宇宙に憧れて、学んでいくうちに宇宙にはたくさんワクワクする謎があると知って、でもその謎を解明するためには足りないテクノロジーもたくさんあって、そのテクノロジーを生み出すために制御理論を勉強して研究して、それによって革新を生み出し続けて宇宙を征服したい、そして、それをする世界で一番良い環境なのがあなたの大学です!
ただ、ここまでで何となく伝わっていると思いますが、SoPで問われているのは、美しいストーリーと巧みな感情表現でいかに審査員の心を動かせるかという点ではなく、あくまで、「そのテクノロジーを生み出すために制御理論を勉強して研究して、それによって革新を生み出し続けて」の部分がいかに専門的、具体的に書かれているか、そしてその過程で培った技術、知識と生み出した成果、掲げるビジョンが世界的にどれだけユニークであるかという点です。
あえて極端に言うなら、過程は何でもよくて、結果としてどういう能力、実績、アイディアを出願者が獲得したのかをCVよりも詳細に教えてほしいというのがここでの意図です。CVがFire TVとかFire TV StickとかのQuick Start Guideなら、SoPは自叙伝というよりも、詳細なUser Manualという方がその実態に近いんではないでしょうか。これは完全に個人的な見解ですが、日本っぽいストーリー仕立ての志望動機書はPersonal Statementと呼ばれる別の書類に相当するのかもしれません。Personal StatementとStatement of Purposeの違いはこの記事でわかりやすく説明されているのでここでは割愛します。
例を挙げます。
- 【学部生に多い例】ロケット・小型衛星・UAV・ロボットをつくって動かす団体に所属して、昼夜問わず新しいソフトウェアの開発に取り組んだり、3Dプリンターでハードウェアを製造したりといった経験を通して、数学理論を実際のシステムに実装することの難しさを痛感しました。
- 【修士の学生に多い例】火星ローバーをテレビで見てから制御理論とかロボットとかに興味をもって、好奇心に従って突き進んだ結果、ジャーナルに~というタイトルの論文を出しました。この経験は、研究という活動がいかに困難でありながらもやりがいに溢れたものであるかを教えてくれました。
わかりやすいようもったいなさを誇張して書きましたが、自叙伝としてストーリーをまとめることに注力しすぎて、SoPの本筋の自分のユニークさのアピールをあっさり終わらせてしまっているのがわかると思います。
航空宇宙工学科に出願している時点で、航空宇宙に対して揺るがない情熱を持っていて、航空宇宙工学を学ぶ必要性を感じていることはある意味当たり前です。これらの説明に割く文字数は必要最低限に留め、はじめにでも話した通り、その情熱と問題意識に基づいて、これまで具体的に何を成し遂げたのか、そしてこの先さらに何を成し遂げて大学と科学の発展に貢献するのか、それを専門用語を惜しみなく使って専門家に説明することに文字数を割きましょう。
ちなみに、分野を変えてこれから航空宇宙をメインに研究したい場合でも、もともとの分野の専門用語を使って説明することに全く問題はありません。というより、複数分野の知識の融合によって革新が生まれることは研究に於いて多々あるので、むしろ大きなプラスです。
GPA・TOEFL・大学ランキング
これらの数値で表現できる指標は足切りとして使われがちです。大学によっては明記している場合もあります。例えばUIUC-Aerospaceでは、国外の出願者にはTOEFL-103/IELTS-7.5、直接博士課程に進む学部生にはGPA-3.75を要件として課しています。GREは現在多くのトップスクールでは廃止されているはずです。これらに加えて内部でも便宜上設定されている基準があり、出願のカテゴリーに応じてより具体的な足切りやガイドラインがある程度存在します。
UIUCでは今年から特にHolistic Reviewに力を入れ、総合的、多角的に出願者の能力を審査しようと心掛けているので、足切りの数値に達していなくてもすぐに不合格とはなりません。しかし、審査の結果が合否のボーダーに近い場合は、足切りを理由に不合格となってしまうケースがほとんどなので、大きなハンデを負っていることも事実です。
アメリカ国内からの出願者のGPAは軒並み高いので、低いGPAはどうしても目立ってしまい、あまりGPAを重視しない日本の大学が不利なのは否めません。私も京大の頃、般教はほとんど楽単に流されていたし、今も京大らくたんドットコムとかやたら整ったサイトがあるし、急にGPAアメリカで大事だよって言われてもフェアじゃないような気がするのはとてもわかります。正直頑張って出席して勉強して優を取るよりも、テスト一発勝負で可を取れる方が能力高そう、みたいな感覚が未だに抜けません。今や授業をする立場なのでそれされるとちょっと寂しいんですけど。
ま、こればっかりは気付いた時に腹括るしかないですね。専門科目のGPAだけでも高ければ言い訳はいくらでもできますし、志望先の教授に連絡を取って何とかすることもできます(https://usphdlife.com/labtour/)。
博士課程と修士課程
あまり一般的ではありませんが、UIUC-Aerospaceでは日本の大学と同じような修士課程があります。
アメリカではそもそも修士課程がなかったり、授業だけ取って修士号が貰えるパターンがあったり、一口に大学院と言っても大学やプログラムごとにその定義は様々です。それがアメリカで修士号取るべきか論争に繋がっていたりもするんですが、今回それは置いといて、入学審査の観点で少しだけ修士課程と博士課程の違いについて話します。
アメリカの修士課程に興味がある方はぜひアメリカ大学院で修士号を取るのは簡単?も読んでみてください。
- Direct Ph.D.(学士号取ってすぐ博士課程)
- Ph.D.(どこかで修士号取って博士課程)
- M.S. with Thesis(卒論付きの修士課程)
- M.S. Non-Thesis(卒論無しの修士課程)
1と4がアメリカの典型的な博士課程と修士課程、2と3が日本の典型的な博士課程と修士課程って感じですね。全く調べてはいないので感覚的にですが、この4つのカテゴリーを全て設けているのは、アメリカではかなり珍しい気がします。
詳細は残念ながらシェアできませんが、大まかに言うと、1-3の入学審査基準は公開されている足切りの基準以外はほとんど同じで、4に関してだけ少し変わります。想像通りだとは思いますが、4は授業を取って修士レベルの知識を持った人材を育てることが目的なので、他のカテゴリーよりも、成績や学習能力の比重が大きくなります。
それと言い忘れましたが、学部生と修士の学生では何となくポテンシャル評価の比重が異なります。
おわりに
初めに言った通り、この記事で取り上げたのは、あくまでもアメリカっぽく自分の業績をアピールするコツなので、そもそも前提として何かしらの業績が必要です。その中でも、教授が学生に給料を払うというアメリカ大学院の性質上、最もわかりやすく有利に働く業績が大学院留学向けの奨学金の獲得です。
この3つは私が関わりのある奨学金団体です。1と2はあまりにも有名なので説明は省略させてもらいますが、もし知りたい方は過去の記事(船井奨学金・本庄奨学金)を参考にしてみてください。
3つ目は京大生向けに、高分子科学の分野において大成功を収めた故志田光三氏(1935-2018)の遺志を継いだご家族とご本人のご意向に基づき、つい最近設立された奨学金制度です。今後も絶賛候補者募集中とのことなので、条件に合う方はぜひ検討してみてください。
この記事が大きな夢を持った1人でも多くの人に届きますように!